EPISODE

Episode 03 緑の追想 (8)

丸山 豊 [Publicity; Magazine"RENBUN" 1976-1980]


「仕事部屋」の第三輯の発行は昭和11年4月25日である。巻頭には野田宇太郎さんが「青色趣味」という文章を書いている。短かいけれど、野田文学の叙情の根をあかす佳品であるといえる。進仁さん、田中稲城さん、金寿鉉君(韓国)、鴨井雅明君(医学生)などが散文を書き、私も愛についてのエスキースをしたためている。金文堂刊の「月刊九州文化」や私の第二詩集の「よびな」「リベルテの会特輯久留米新図書館のためのパンフレット」の広告をのせ、会が主催した「河原崎権十郎・市川小太夫・中山延見子招待座談会」の記事をかかげている。

「11月30日夜、三本松伊東食料品店階上広間にて。とくに河原崎氏の明治大正年間の演劇、名人論、松竹トラストについて、その他興味ある芸談、市川氏の歌舞伎の発生、成長、将来への考察、ならびに現代演劇会への不満をのべる気魄ある講演があった。12時半散会」としたため、出席者のなかに今日の水俣市長の浮池昌希君、連文会長の内野さん、画家の永野義郎さん、佐賀の県議の森永恒範君などの名が見えるのもなつかしい。

第4輯は散佚して、どうしても発見することができぬ。第5輯は特輯「詩への希望」とタイトルして各氏にアンケートを求めている。小倉の劉寒吉さん、博多の原田種夫さんなどの他会員が回答をよせている。もちろんこの号でも会員の短文や詩を収録している。いまの久留米保健所長の上木鴻君も文章をよせている。また坂宗一さんから私にあてたハガキの短信も見ることができる。

  葉書   坂 宗一
アソは莨吸っている。娘達は胸が厚い。外輪には瀧の大ツララがだらしなく無数に引掛けて、其所から頭丈を見せる九重が高価な陶器の様に神々しい。アソは莨好きなだけが面白く、朝鮮にはザラにあるスタイルで、眺める為に一晩二円も出すにはあたらない。名産のモロコシで作った紅ヒーは気のきかぬものである。一番自然なのは毛が荒れたアソ小馬である。
    アソ宮地にて

短いけれど、なんという生き生きした文章だろう。たしかな自分の眼を持っている。阿蘇の陳腐と溌剌を稲妻のはやさで見さだめている。思えば、青木繁も坂本繁二郎も世にまれな名文家である。文学と美術の根を洗う水脈はおなじもののようである。

「仕事部屋」はさらにこの号で、久留米地方文化芸術団体名一覧を記録している。列記すれば、渋柿洋画会、来目洋画会、共鳴音楽会、九医音楽部、久留米ギター同好会、リリック重奏楽団、久留米ディスク倶楽部、久留米エスペラント会、梅野昆虫研究会、筑後史談会、久留米アマチュア写真クラブ、新興映画鑑賞会、第三舞台、「銹」発行所、久留米詩話会。以上十五団体である。

まもなくリベルテの会はみずからの手で幕をとじる。人間の自由を主張し、文化の名のもとに青年たちが肩をくむこうした団体の存続をゆるさない時代が、靴音たかく近づいてくる。やがて私たちのめいめいは、時の波がしらをまともにかぶるのである。

[on Magazine "RENBUN" vol.12, January 1979 ]




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