EPISODE

Episode 02 久留米気質と画壇
  対談:丸山 豊 vs 内野 秀美 [since 1980]


青木繁
坂本繁二郎


 

坂本繁二郎と青木繁

丸山 久留米で一番の文化的伝統をもつものは美術関係ですが、内野さんがおっしゃるように、坂本的なものと青木的なものがありますが、どちらが筑後の本質的なものに近いかと言えば、やはり、坂本先生のほうが近いのではないですか?
内野 それはそうですね。
丸山 で、あの坂本先生の色彩ですね。寂というのか、曖昧模糊としたああいう色を中間色という言葉で呼べるのかなぁ。あの坂本先生の色調に筑後人を感じるんですが。あの色調を絵の方では、正確には何と言うのですか?
内野 やはり中間色でしょうね。一見ホワイトの混合がかなり多いようですね。
丸山 その坂本先生の色に筑後人の性格を感じるんですが、文学でもそうですね。筑後の大地に住んでいる私たちの文学というものは、やわらかな調子の方を志向します。
内野 そうですね。
丸山 福岡、北九州の作品とは随分違いますからね。
内野 そうですね。しかし、坂本先生の存在は大きいものであるんだけれども、現在、大きく成長して東京へ出て行った連中は、皆がその殻を破ろうと思って努力しているんですよ。それを破り切った絵描きが一人前の画家に成長したと言える訳で、久留米に残って、まだ坂本先生の影響の中で右往左往している連中は、私が、ああこれはいい作品だなぁ、と思っても、やはり、坂本先生の範疇と言うことになってしまって、…やはり、いけないような…。
丸山 文化の伝承というものは、そんなものではないですか?。出藍のほまれ、と言う言葉があるけれども、自分の先生の持っている枠を何らかの意味で打ち破っていくことにしか発展はないでしょうね。
内野 そうです。
丸山 それも、久留米に住んでいて打ち破るというのは、なかなか難しいことじゃないかな。いっそ離れた方が枠から出やすいのではないですか?生活も筑後的、感情も筑後的、当然その絵画的な感覚も筑後的なのですからね。例えば、松本英一郎など前衛的ではあるけれども筑後的なものを感じるんですね。藤田吉香の絵は違うかもしれませんけれども。
内野 うん。そうですね。坂本先生に直接師事している者は当然として、松本英一郎などにも筑後的なものを感じるようですね。だから非常に共感を持たれると言うことになるんでしょうね。
丸山 画家たちが坂本先生のひそみになろうといっても、それは坂本先生の罪ではない。 坂本先生には、坂本という個があるだけであって…。
内野 そう。後に続くものの罪ですね。しかし、坂本先生のアトリエが文化センターに完成し、三月二日に落成式があったんですけれども、中に入って見て思うのですが、今にして思えば…のことですが、バラックのあの小さなアトリエから、よくもあれだけの立派な絵が創作されたものですね。
丸山 アトリエの移転については、八女と久留米の間で折り合いがついたのは良かったですね。
内野 そうです。スムーズに解決できましたね。
丸山 あれで八女も助かり、久留米も助かった。
内野 それと同時に坂本先生、青木先生の生家を早く久留米が買収して、保存をしなければいけないと思いますね。昔…久留米連合文化会で、交通の邪魔にならないように、記念碑だけ壁の中に埋め込んだものを作ろうと計画をして設計までしたのですが、いろんな事情で駄目になったんですね。早く市が買い上げるかどうかすべきでしょうね。
丸山 そうですね。
内野 現在、まだ他の人が住んでいらっしゃるので、市が買い上げて、管理人でも置けるようになったらと思います。万来のお客にお茶を出すだけでも大変でしょうから。
丸山 自分の芸術の後輩をつくっていく場合に、自分の枠から出してやろうとする導き方と、自分の主義主張通りに導いていく方法があると思うのですが、私の場合は、自分がまだまだ未熟だから、最初から私の枠の外に放り出します。それが、坂本先生のように傑出した芸術家になりますと、己を譲られる必要はない。自分の画法こそが正しいとはっきり考えておられるから、自分の後をついてくるように教えられるのですね。
内野 そう言うことですね。
 
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  *Illustration ; AOKI SHIGERU  Author : Sakamoto Toyonobu